新着記事

人才育成論

今日はやる気が出ない。それでも、大丈夫だった理由

「今日も、何ひとつ進まなかった」「やろうと思ったのに、結局スマホを眺めて終わった」「自分って甘いのかな…」そんなふうに、何度も自分を責めた夜がありました。「まただ…また怠けてしまった」って。
人才育成論

育てようとする前に、気づくことから始めてみる

誰かを「育てる」って、どういうことなんだろう。そして、「育つ」ってどういうことだろう。自分が誰かと関わる中で、ずっと考えてきた問いがあります。一生懸命な人、悩んでいる人、自分に自信を持てない人と話していると、「アドバイス」よりも先に必要なことがある気がしていました。
人才育成論

「自分らしく育つ」を考えながら、ここに言葉を残していきます

はじめまして。このブログ記事では「育つ」ということについて、少しずつ言葉にしていこうと決意しました。自分自身のこれまでを振り返ってみると、思いどおりにいかなかったこと、壁にぶつかったこと、うまく言葉にできなかった悩みもたくさんありました。それでも、少しずつ環境や人に助けられて、「自分の気持ちに耳をすますこと」を学び直している最中です。
人才育成論

才能なんて、ないと思っていた

「自分には、才能なんてない」そんなふうに思っていた時期がある。目立つスキルもなく、人より抜きん出た経験もない。何者でもない自分が、この先どう生きていけばいいのか、ただぼんやりと焦っていた。
雑記

「就労継続支援A型って実際どうなの?」3年通った僕が語る“行くべき人・行かない方がいい人”のリアル

「就労継続支援A型事業所」を初めて聞いた人もいるかもしれません。これは、一般企業や障がい者雇用枠で働くのに不安がある人に向けて、"訓練"という名目で就労支援を提供してくれる場所です。障がいのある方がスムーズに社会と繋がり、少しずつ働くことに慣れるための大切な制度です。それがA型事業所です。
雑記

社会は、なぜこんなにも生きづらいのか

「社会は厳しい」誰もが一度は、そんなふうに感じたことがあるかもしれません。でも、それが「一時的な感覚」ではなく、「ずっと続いているもの」だとしたら?私は今、就労支援A型事業所で働いています。制度のなかで守られている立場。一見すると「安心」して働ける環境のように見えるかもしれません。けれど、「夢を描くことすら難しい」と感じる日々が、確かにあります。
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祈り

祈り

創価学会3世が語る、“支援”の名を借りた矛盾と、人間主義の光

僕は祖父母・両親とも創価学会に入信していた家庭に生まれ、創価学会3世として育ちました。今は地方で男子部として活動しています。僕は障がいのある当事者でもあります。現在、障がい者就労支援事業所で利用者として働き日々を生きています。
祈り

【信行学】変化を生み出す3つの力

あなたが最近、「このままでいいのだろうか」と感じた瞬間はありませんか?仕事、学校、家庭。どの場面でも、誰かの期待や空気を読んで動くことが、あまりにも当たり前になっている現代。でも、その「外側の声」に振り回されすぎると、自分の「芯」が見えなくなっていきます。では、どうすれば本当の自分に立ち返り、力強く前進していけるのか?
祈り

お題目記録Day10|対話は大事だ

日付:2025年8月6日(水曜日)本日のお題目・本日のお題目数:6,414遍・目標:1,000,000遍(100万遍)・累計:962,345遍(96万2,345遍)/1,000,000遍(100万遍)・目標まで:あと37,655遍(3万7,655遍)
祈り

お題目記録Day9|マイペース必須

日付:2025年8月4日(月曜日)本日のお題目・本日のお題目数:5,885遍・目標:1,000,000遍(100万遍)・累計:951,712遍(95万1,712遍)/1,000,000遍(100万遍)・目標まで:あと48,288遍(4万8,288遍)

雑記

雑記

「就労継続支援A型って実際どうなの?」3年通った僕が語る“行くべき人・行かない方がいい人”のリアル

「就労継続支援A型事業所」を初めて聞いた人もいるかもしれません。これは、一般企業や障がい者雇用枠で働くのに不安がある人に向けて、"訓練"という名目で就労支援を提供してくれる場所です。障がいのある方がスムーズに社会と繋がり、少しずつ働くことに慣れるための大切な制度です。それがA型事業所です。
雑記

社会は、なぜこんなにも生きづらいのか

「社会は厳しい」誰もが一度は、そんなふうに感じたことがあるかもしれません。でも、それが「一時的な感覚」ではなく、「ずっと続いているもの」だとしたら?私は今、就労支援A型事業所で働いています。制度のなかで守られている立場。一見すると「安心」して働ける環境のように見えるかもしれません。けれど、「夢を描くことすら難しい」と感じる日々が、確かにあります。
雑記

駒として生きるか、痛みを伴う「個」として生きるか

僕は今の社会に、静かな怒りを感じている。「人の大切さ」を説きながらも、組織という箱に入ればルールが最優先され、個人の思考は無視される。組織の駒として働きたい人にはそれでいいだろうが、それを嫌う人間にとっては、ただただ辛い毎日を生き延びるだけの苦行だ。
雑記

自由と切れ痔。

僕にとって書くとは、思考すること。僕にとって書くとは思考することである。思考して悩んで辛くなって反芻思考になる。単純に僕には書くことは二つに分別される行為。良い思考と反芻思考のトラウマに誘われる。これは生き様なのか性分なのかも分からない。
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