湯気の向こう、君と僕の距離

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湯気の立つ鍋の中で、野菜が静かに踊っていた。
「これ、全部食えるか?」
友人のひとりが笑いながら言った。
「任せろって。具材は順番が命なんだよ」
そう言って、鍋奉行の彼が手際よく具材を投入していく。
出汁の香りが鼻をくすぐり、思わず腹が鳴った。

――昨夜の出来事だ。

笑って、食べて、笑って。
気づけば、胃の限界を軽々と超えていた。
「くいすぎたなぁ……」
帰宅後、布団に飛び込み、天井を見上げながら呟いた。
だが、不思議と後悔はない。
それほどに、楽しい時間だったのだ。

今朝。
目覚ましが2台、交互に鳴り響く。
「うるさい、あと5分……」
布団に顔をうずめ、時間を引き延ばす。
だが、心のざわつきが止まらない。
昨夜が楽しかった分だけ、今日という現実がやけに冷たく感じる。
未来の自分のために、転職の準備をしている。
カウンセリングの勉強も続けている。
それなのに、心のどこかが空っぽだ。

目に留まったのは、昨日ふと手にした一冊の本——『脳の強化書』。
「褒めノート」のことが書いてあった。
一日の終わりに、自分をひとつだけ褒めてみること。

「やってみるか……」
ベッドから這い出し、ノートを開き、ペンを取る。
書いたのは、たったひと言。

『昨夜、誰かと笑えた自分を、褒める』

ペン先が紙を滑る感覚。
そのとき、ふと、数日前の出来事が蘇った。

いつもの帰り道。
同級生が、私を車で家まで送ってくれた。
「信念とか、考えすぎんなよ。たまには流されてもいいじゃん」
笑いながらそう言った彼の横顔が、やけに静かだった。
彼らはやさしい。だけど、どこか、心の奥では線を引いている気がした。

「自分を支える“何か”が欲しいんだよ、俺は」
ふと口にしたその言葉に、彼はハンドルを握ったまま、頷いた。

ノートに、もう一行加えた。

『迷いながらでも、一歩進んだ』

外は冷たい風が吹いている。
でも、書き終えたページから、ほんのり湯気が立っているような気がした。

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