檻の外にある、わたしという可能性

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雨音で目が覚める朝は、いつも少しだけ、世界が遠く感じられる。
その静けさのなかで、私はふと「本当に自由ってあるのかな」と思う。

青い鳥が、鳥かごの中で格子をついばんでいた。
会社に向かう電車の中でも、人の流れのなかでも、
私はいつもどこか、息を殺して生きていた。

仕事をしていても、人と話していても、
「分かってもらえない」
「必要とされていない」
そんな思いが心の隅に残る。

でも、そんな世界でも、救いは確かにある。
言葉を交わす。
手を差し伸べる。
それが人の可能性であり、希望なのだと思う。

変わらない日常のなかで、私は何かを変えたいと願った。
けれど、変わるということは、
「変になることだ」と誰かが言っていた。

確かに、それまでの自分を手放すのは怖い。
だけど、それを受け入れない限り、
私は一歩も前に進めない気がした。

書くこと。
考えること。
育てること。
祈ること。

全部が、私の命の形だ。
誰かを理解しようとすること。
自分の弱さを赦すこと。
他人の成長を信じること。

自分を押し込めていたのは、世界ではなく、
「わたし自身の思い込み」だったのかもしれない。

春の光が差し込む朝、
ベランダの桜のつぼみがほんの少しだけ色づいていた。
そのわずかな変化を見つけられた私は、
もう、昨日の私とは違っているのだと思う。

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