彼は目を覚ました瞬間、強烈な頭痛に襲われた。
昨夜の酒がまだ体に残っている。
埼玉から来た旧友との再会。
久しぶりに交わした酒は、どこか懐かしく、そしてやけに沁みた。
「やっぱり、そろそろ酒との付き合い方を考えるべきかもな……」
身体の不調に眉をしかめながら、彼はベッドから起き上がる。
友人が地元の女性と結婚するという話を聞いたとき、自分のことのように嬉しかった。
晴れやかな未来を思わせる報せに、自然と笑みがこぼれた。
しかし、その余韻の中で、彼はふと立ち止まる。
「このまま、自分は何を目指すのだろうか?」
その問いは、まるで遠くから届く鈍い鐘の音のように、心の奥を揺らした。
昼下がり、彼女は駅のホームに立っていた。
冷たい風が頬を撫で、足元から冷えが這い上がってくるようだった。
通勤ラッシュを終えた駅はどこか寂しく、静けさが余計に不安を煽る。
「本当に、これでよかったのかな……」
彼女は今日、転職の面接を終えたばかりだった。
内容には手応えを感じていたが、確信には至らない。
人生の岐路に立たされたような気持ちが、胸をぎゅっと締めつけた。
そのとき、スマホが震えた。
見慣れない差出人からのメール。
「おめでとうございます。採用が決まりました」
その一文を読み終えた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
目頭が熱くなり、思わず目をそらす。
嬉しさと共に、奇妙な孤独感がじわりと染み出してきた。
新しい一歩は、今の生活との決別でもある。
同じころ、彼は職場でミーティングに参加していた。
無数の資料と飛び交う意見。
だが、そこに自分の居場所を見出せなかった。
論理を積み重ねる彼にとって、意味を持たない情報の羅列はただの雑音だ。
「何のために、これはあるんだ?」
それが彼の口癖だった。
準備が整っていないものには手を出したくない。
だが、そんな彼のこだわりは、時に誤解を生む。
「動けないやつ」と、陰で言われることもある。
けれど彼は知っている。
問題を“見て見ぬふり”せず、言葉にして伝えることの価値を。
YesかNoを曖昧にせず、意見をぶつけられる相手こそが、本物だと信じている。
友人の結婚、彼女の新たな仕事、職場での違和感——それぞれが異なる形で、未来へと踏み出していた。
やがて、彼のスマホにも一通の通知が届く。
求人情報だ。
「昔の自分に戻れるかもしれない場所を見つけた」
そんな直感が、心の奥で静かに光った。
未来はまだ見えない。
でも、それでも進むしかない。
重い足を一歩、前へ出した。
冷たい風が頬をかすめる。
光は、まだ遠い。
でも、確かにそこにある。
