「君には、どんな種が見えるだろうか?」
老人の庭は、まるで絵本の中の世界のようだった。
土の匂い、風に揺れる花、遠くの山から吹いてくる風の音。
誰もが自分の“才能”という名の種を探しにやってくる場所だった。
ある日、ぽつりと現れた若者が、老人の前で深いため息をついた。
「僕には、特別な才能なんてないんです」
老人は笑った。
優しく、ふわりと風に乗るような声で。
「それなら、これを育ててごらん」
そう言って、掌にのせた一粒の小さな種を差し出した。
若者は戸惑いながらも、それを受け取った。
庭の隅に種を埋め、水をやる。
毎日、朝晩。
陽が昇るたびに、心の中のどこかで期待と疑いがせめぎ合った。
だけど芽は、なかなか出てこなかった。
一週間、二週間……季節がゆっくり変わっていく。
「やっぱり、僕には育てられないのかな……」
それでも、彼は水をやった。
草を抜き、土をほぐし、風の流れに耳を澄ました。
ある朝、小さな緑の芽が顔を出した。
それは、かすかな希望のように揺れていた。
日が経つにつれて、芽は伸び、葉をつけ、やがて見たこともないような色の花を咲かせた。
その姿に、若者の顔も少しずつほころんでいく。
花が咲く頃には、彼の中にも何かが芽吹いていた。
忍耐。
観察する目。
そして、自分と向き合う力。
ふと、彼は思った。
「才能って、特別な何かじゃないんだ」
ただ、水をやり続けること。
風を信じて待つこと。
目には見えない成長を信じること。
彼の手のひらには、まだたくさんの種が残っていた。
その一つ一つに、物語が眠っているように思えた。
今日もまた、新しい風が庭を通り抜ける。
彼は笑った。
「きっと、誰の中にも育つものがあるんだな」
