眠れぬ才能たちへ

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「どうして、こんなにも疲れているのに眠れないんだろうね」

夜の工場は静かだった。
蛍光灯の明かりが、白い床にぼんやりと反射している。
定時を過ぎてなお現場に残るのは、新人の佐伯と、教育係を任された古川だけだった。

「たぶん、身体じゃなくて、心が休めてないからじゃないかな」

古川は工具を拭きながら答えた。
彼の手つきは慣れていて、機械のごとく無駄がない。
けれど、どこか疲れたような目をしていた。

佐伯は黙っていたが、ふと口を開いた。

「昔からずっと“才能がない”って言われてきたんです。努力しても結果が出なきゃ意味ないって。正直、眠るのが怖いんです。起きてもまた同じ日が始まる気がして」

古川は少しだけ手を止めた。

「俺もさ、才能なんて言葉が嫌いだったよ。“人材”って呼ばれてたけどさ、なんだか部品みたいでさ」

そして彼は、工具を静かに台に戻した。

「でも、“人才”って言葉を知ったとき、少し救われた気がした。“人の中にある才を育てる”。そう考えたら、眠ることも悪くないって思えるようになった」

「眠ることが?」

「そう。眠りってさ、何もしていないようで、実は一番、自分を育ててくれてる時間なのかもしれない。ぐちゃぐちゃな頭をリセットして、また次の日に希望を残してくれる時間。育つには、休むことが必要なんだよ」

佐伯は目を伏せた。

「でも、職場って、そういう“育つ”って空気、あまりないですよね。誰かが失敗すると、すぐ責められる。逃げたら甘えって言われる。退職代行使う人の気持ち、ちょっと分かるかもしれません」

古川は、ほんの少し笑った。

「分かるよ。けど、君がここに残ってるってことは、どこかでまだ“育ちたい”って思ってるんだろ?」

佐伯は、目を大きくして頷いた。

古川はその目を見つめながら言った。

「じゃあ、まずは今日、ちゃんと眠ってみよう。眠れない自分を否定するんじゃなくて、休むことも才能のひとつなんだって、認めてやれ。明日、またやり直せばいい。それが“育つ”ってことだよ」

夜風が小さく吹き込み、工場の扉が少し軋んだ。

その音が合図のように、佐伯は立ち上がった。

「じゃあ、明日。もう少しだけ、がんばってみます」

「うん。明日は、今日の続きじゃなくて、“未来”のはじまりだからな」

古川の背中が、頼もしく見えた。

そしてその夜、佐伯は久しぶりに、何も考えずに眠ることができた。

まるで魔法のように。

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