駅前の時計塔が、18時を知らせるチャイムを鳴らした。
僕の住む町は、その音を合図に一斉に静まり返る。
夕暮れの空はどこまでも広くて、それだけで、少し泣きたくなった。
小さなコンビニのバイトが終わると、
僕は決まって河原沿いのベンチに座り、スマホを取り出す。
Instagram、X、TikTok——タイムラインには都会の光が溢れていた。
ネイルが輝く女子高生、渋谷の交差点で踊る少年、
ブランドの袋を抱えた笑顔。
画面を指でなぞるたび、僕の胸には冷たいものが流れ込んでくる。
「僕は、どこにいるんだろう」
投稿なんて、したことがなかった。
障がいのある僕は、目立つことが怖かった。
声を上げるのが恥ずかしかった。
足が少し不自由なだけで、視線を浴びるのが日常だったこの町で、
スマホの中の「自由」は、あまりにも遠く見えた。
ある日、学校帰りに撮った夕焼けの写真を、ふとアップしてみた。
誰も見ないと思っていた。
でも、数分後に見知らぬ誰かが「綺麗だね」とコメントをくれた。
たったそれだけで、世界が少し変わった気がした。
その日から、
僕は日々の中の「静かな瞬間」を切り取って投稿するようになった。
川のせせらぎ、錆びたバス停、夜空を走る飛行機雲。
フォロワーが増えたわけじゃない。
でも、画面の向こうで、誰かが「いいね」を押してくれる。
SNSは、誰かと比べる道具なんかじゃない。
僕にとっては、誰かと「つながる」ための、細い糸だった。
夢を叶えるには、この町は小さいかもしれない。
だけど、「生きてる」と感じられる瞬間は、ちゃんとここにもある。
画面を閉じて、顔を上げた。
西の空には、今日も優しい光が差していた。
