エッセイ

私が私をやめたくなるとき

ふと「結婚って、離婚するためのイベントなのかも」と思った。誰かと繋がることが、逆に孤独を深めるなんて。変な話だ。ある日、頭が痛くなった。知恵熱なのか、過去のトラウマなのか、何かが暴れだしている。外の声がうるさい。何かに刺されている感覚がある。たぶん、自分の中の誰かが、自分を刺しているのだ。
エッセイ

敗者の美学と価値観の葛藤

38歳、障害者支援を受けながら生活している私は、日々、無駄に過ぎる時間を感じながらも、どこかで自分を奮い立たせている。しかし、この生き方が社会にどう影響を与えるのか、私自身が答えを持っていない。時折感じる空虚感の中で、ふと思い返すのは、私たちが生きる社会が求める「勝者像」と、負けることへの恐れに対する疑念だ。勝者だけが認められる、この世界において、敗者の存在をどう位置づけるべきか。その問いを深く考えながら、私は今日も同じように歩みを進める。だが、勝つことにこだわる社会の中で、勝つことができない自分に、何度も立ち止まりたくなる。
日々日記

日々日記|独立して人材育成を仕事にしたい

2026年になった。今年こそ何かを達成しよう、と思っている人は多いと思う。僕も最初は「やりたいことリスト100」を作ろうかと考えた。でも、どうしても違う気がした。理由はシンプルで、もうやりたいことが一つに絞られているからだ。今は就労支援A型を利用しているけど、その縛りがなくなるなら、自営業に挑戦したい。やりたいのは人材育成。しかも、いわゆる一般的なやり方じゃなくて、独自の考え方で一人ひとりの自立を促す育成だ
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雑記

駒として生きるか、痛みを伴う「個」として生きるか

僕は今の社会に、静かな怒りを感じている。「人の大切さ」を説きながらも、組織という箱に入ればルールが最優先され、個人の思考は無視される。組織の駒として働きたい人にはそれでいいだろうが、それを嫌う人間にとっては、ただただ辛い毎日を生き延びるだけの苦行だ。
雑記

自由と切れ痔。

僕にとって書くとは、思考すること。僕にとって書くとは思考することである。思考して悩んで辛くなって反芻思考になる。単純に僕には書くことは二つに分別される行為。良い思考と反芻思考のトラウマに誘われる。これは生き様なのか性分なのかも分からない。

【詩】歩く道にそっと寄り添う

まだ見えない明日を恐れずに一歩ずつ進むあなたの隣に言葉にならない気持ちも抱きしめて夢や希望を探す旅を共に歩こう迷いも不安も分け合いながら小さな光を見つけて進むその姿を誰にも言えない悩みも悲しみもそっと聞かせてくれたなら力になる

【詩】傷だらけの空を裂いて

信じたはずの声が刃となり胸を裂く助成金の影が私を踏みつける虚しさが骨まで冷たく染み込む足元の砂は崩れ涙が溢れ地面を濡らす

【詩】賃上げのその先にあるもの

給料が上がったなのに心は、何も変わらない目の前の数字に喜べないのは疲れ切った思考がまだ眠っているからかもしれない

【詩】境界に咲く光

僕の記憶は母が残した白いマグカップのようにどこか欠けていて、温度だけが残っていた呼吸をするとまるで誰かのために用意された「無音」が肺の奥にしみていく

【詩】夏の在処

蝉の声は遠い誰かの叫びのように空の奥から降りてくる焼けたアスファルトにひび割れた時間が滲み出す

【詩】道という名の祈り

はじまりは 風さえないひとすじの影だった転んだ土のぬくもりに生の重さを知る

【詩】答えを語るな

知った、という感触だけで、心は一瞬、満たされる。眉間にしわを寄せる人を尊いと思うのは、「考えるふり」が社会の通貨だから。
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