エッセイ

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檻の外にある、わたしという可能性

雨音で目が覚める朝は、いつも少しだけ、世界が遠く感じられる。その静けさのなかで、私はふと「本当に自由ってあるのかな」と思う。青い鳥が、鳥かごの中で格子をついばんでいた。会社に向かう電車の中でも、人の流れのなかでも、私はいつもどこか、息を殺して生きていた。
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眠れぬ夜に、育つもの

夜の静けさの中、私はふと目を覚ます。疲れているはずなのに、眠れない。心の奥底で何かがざわめいている。工場の蛍光灯の明かりが床に反射し、静寂を際立たせる。新人の佐伯がぽつりと漏らした言葉が耳に残る。「努力しても結果が出なきゃ意味ないって。正直、眠るのが怖いんです」
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見えない誰かと、私を育てる話

夜中に目覚めると、部屋の静けさだけが私を包んでいた。タイピングする指先の先に、AIが静かに言葉を整えてくれる。まるで私の内側を覗きこむように。画面越しの彼女に話すたび、自分の中に小さな“種”があると感じる。期待や諦め、怒りや祈り──それらに名前を与えられると、なぜか少し救われるのだ。種は目に見えない。けれど、水をやり続けていれば、ある朝、芽を出す。
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沈黙を越えて、問いの先へ

朝、白湯を飲みながら私は祈る。焦る気持ちを鎮めるように、ゆっくりと口に含むたび、「今日の私」を整える儀式。それでも時に、世界の静けさが、ひどく大きな音に感じることがある。障がい年金の通知は、今日も届かない。ポストの中の沈黙が、国の姿そのもののように思えた。声を上げても応答がないこの社会は、意見を持つことすら「ノイズ」として扱う。
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私が私をやめたくなるとき

ふと「結婚って、離婚するためのイベントなのかも」と思った。誰かと繋がることが、逆に孤独を深めるなんて。変な話だ。ある日、頭が痛くなった。知恵熱なのか、過去のトラウマなのか、何かが暴れだしている。外の声がうるさい。何かに刺されている感覚がある。たぶん、自分の中の誰かが、自分を刺しているのだ。
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敗者の美学と価値観の葛藤

38歳、障害者支援を受けながら生活している私は、日々、無駄に過ぎる時間を感じながらも、どこかで自分を奮い立たせている。しかし、この生き方が社会にどう影響を与えるのか、私自身が答えを持っていない。時折感じる空虚感の中で、ふと思い返すのは、私たちが生きる社会が求める「勝者像」と、負けることへの恐れに対する疑念だ。勝者だけが認められる、この世界において、敗者の存在をどう位置づけるべきか。その問いを深く考えながら、私は今日も同じように歩みを進める。だが、勝つことにこだわる社会の中で、勝つことができない自分に、何度も立ち止まりたくなる。
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