心と身体が追いつかなくなった日
今日は、会社で過呼吸と手の震えが止まらなくなり、早退した。
「またか」と思った。
38歳。もうすぐ40歳になる。それなのに、40手前になっても、自分の心と身体が突然崩れてしまうことがある。
正直に言えば、情けないと思った。
これまでいろいろなことを経験してきたつもりだったし、年齢を重ねるにつれて、少しずつ自分自身をコントロールできるようになっていくものだと思っていた。でも、現実はそんなに簡単ではなかった。
今日のように、頭では「なんとかしなければ」と思っていても、身体がついてこない。呼吸が乱れる。手が震える。思考もうまくまとまらなくなる。
「どうしてこうなってしまうんだろう」と考える。そして、考えれば考えるほど、さらに苦しくなる。最近、そんな日が続いている。
思考だけが先に走ってしまう
僕は、物事を深く考えるほうだと思う。一つのことが気になれば、そこからいろいろなことを考えてしまう。
自分はどうすればいいのか。仕事をどうすればいいのか。これからどう生きていけばいいのか。社会の中で、自分はどう適応していけばいいのか。
いろいろなことを考えているうちに、頭の中だけが先へ先へと進んでしまう。けれど、心と身体は、そのスピードについていけない。それが今の自分の苦しさなのかもしれない。
「どうしても思考が追いつかない」——そう感じることもあるけれど、もしかすると逆なのかもしれない。思考が先に進みすぎて、心と身体が追いつけなくなっている。そんな感覚がある。
どうしても、追いつかない。そのことが、とても辛い。
社会は簡単には変わらない
もちろん、自分だけの問題ではないとも思っている。
働くということ。組織の中で生きるということ。周囲と同じように振る舞うこと。決められた時間に働き、決められた役割をこなし、求められるスピードで物事を進めること。社会には、そういう「普通」がある。
そして、その構造そのものを、自分一人の力で変えることはできない。どう足掻いても、社会構造はすぐには変わらない。
だからこそ、自分が変わらなければいけないのだろうか。そう考えることもある。
でも、自分を無理やり社会に合わせ続けた結果、今日のように心身が限界を迎えてしまうのであれば、それも違う気がする。「頑張れば何とかなる」というだけでは、どうにもならないことがある。そこは、少しずつ認めていかなければならないのかもしれない。
就労A型への恨み節もある
そして、正直に書いておきたい。就労A型に対して、僕には恨み節のような感情もある。
もちろん、すべてを否定したいわけではない。自分にとって必要だった部分もあったと思う。そこで得た経験もある。
けれど、「これでよかったのだろうか」と思う気持ちも残っている。当時の自分。そこで過ごした時間。そこから現在まで続いている生きづらさ。いろいろなことを考えていると、簡単に割り切ることはできない。
だから、今日は少し恨み言を言いたくなった。人間だから、それくらいの感情があってもいいと思う。綺麗に整理された気持ちだけを書いていたら、本当の日記にはならない。
悔しいものは悔しい。辛いものは辛い。情けないと思うときは、情けないと思う。それも含めて、今の自分なのだと思う。
では、どうしたら元気になれるのか
今日、一番考えているのはそこだ。どうやったら、元気になれるのだろう。
「もっと頑張ろう」と思うだけでは、たぶん違う。気合いで押し切ろうとすれば、また身体が悲鳴を上げるかもしれない。
だから今は、「元気になる」ということを、少し小さく考えてみたい。
朝起きられた。ご飯を食べられた。少し眠れた。外の空気を吸えた。誰かと話せた。仕事を休むことができた。今日みたいに、限界になったときに早退できた。
それだって、本当は自分を守るための行動なのだと思う。
早退した自分を「情けない」と責めるだけではなく、「今日は早退する必要があったんだ」と考えることも必要なのかもしれない。
今日は、崩れた日
今日は、心身が崩れた日だった。38歳になっても、こんなことが起こる。それを恥ずかしいと思う気持ちは、まだある。
「自分はもっとできるはずなのに」と思う。「どうして普通にできないんだろう」と思う。
でも、それでも今日一日を終えることはできた。早退して、自分の身体を休ませることもできた。今は、それでいいのかもしれない。
人生を一気に立て直すことなんて、たぶんできない。社会の仕組みを一人で変えることもできない。過去をやり直すこともできない。
だったら、まずは今日の自分を壊さないこと。明日の自分に、ほんの少しだけ余力を残すこと。それくらいから始めてもいいのではないかと思う。
辛い。本当に辛い。考えすぎてしまう自分も、思うように身体が動かない自分も、情けなく感じる。
それでも、自分の人生をここで終わらせたくはない。元気になりたい。
どうやったら元気になれるのか、まだ分からない。だから、これから少しずつ探していく。
今日の僕は、心と身体が追いつかなかった。でも、それも38歳の自分の現在地だ。そんな一日だった。
※この日記の内容には、筆者自身の体験と感情が強く反映されています。記述されている出来事や意見は、あくまで個人的な視点に基づくものであり、特定の団体・人物・制度を一方的に批判する意図はありません。読まれる方によっては、不快に感じる表現が含まれる可能性もありますが、率直な記録として受け取っていただけますと幸いです。
