「何もできなかった自分」を責めた夜に
「今日も、何ひとつ進まなかった」
「やろうと思ったのに、結局スマホを眺めて終わってしまった」
「自分って、甘いのかな……」
そんなふうに、何度も自分を責めてしまう夜がありました。
「また怠けてしまった」と落ち込む日。 でも今のぼくは、少しずつそう思わなくなってきています。
むしろ、「そんな日こそ、大切なのかもしれない」と思えるようになったのです。
無理して走り続けていた頃の記憶
昔のぼくは、「動き続けること」だけが正解だと思っていました。
いつも何かをしていないと焦ってしまう。止まるのが怖かったんです。
一度、無理やり自分を奮い立たせて、限界まで突っ走ったことがありました。
けれどその反動で、そのあと数日間、まったく動けなくなってしまったのです。
まるで燃え尽きてしまったかのように。
そのとき初めて気づきました。 「頑張るって、こういうことじゃないんだな」と。
「止まっている自分」にも、価値がある
調子が悪いとき、どうしても何もしたくないとき。
それは心が「いまは休みたい」とサインを出してくれている証拠です。
だから今のぼくは、こんなふうに考えるようにしています。
今日は気分がのらないな。うん、それでOK
昨日までの自分が頑張ってくれたから、今日は休もう
明日、ほんの少しでも動けたら、それは立派な前進
焦らなくて大丈夫。 立ち止まっても、引き返しても、ぐるっと遠回りをしたとしても。
あなたの人生はちゃんと、前に向かって進んでいます。
「やる気が出ない日」の自分も愛してあげる
立ち止まることは、決して負けではありません。 それもまた、あなたが懸命に「生きている証」です。
その静かな時間の中で、心はちゃんと休み、深く根を張って育っています。見えない心の奥で、確かな変化が起きているのです。
だから今日、思うように動けなかったとしても。 あなたの価値は、何ひとつとして減っていません。
あなたは今、どんな風に過ごしていますか?
「やる気が出ない自分」を、どう受け止めていますか?
もしよかったら、あなたの今の気持ちも教えてください。
無理にまとめなくても、言葉にして誰かと分かち合えたとき、少しだけ心が軽くなることがあります。
今日は歩けなかったかもしれない。 でも、それでもあなたは今日、自分であることをやめなかった。
それだけで、もう十分すぎるほど価値があるとぼくは思います。
