バグっている「当たり前」
僕の人生の中で「当たり前」がバグっている。
職人時代の栄光の過去を握りしめている現在も、辛い現実を抱えて生きている。
拘りが強いから何?って言いたくなるほど、社会の常識は僕の常識ではない。
常識に僕を当てはめれば、僕は人格が壊れる。
毎日が苦痛だった理由
どうして、こうなったのかと思うくらいに辛い現実が待っている。
毎日が苦痛でつらい。
生きづらさを演じれば演じるほど辛くなり、過去の自分までも攻撃しだす。
動きが遅くなり、思考も壊れていく。
「思考は現実化する」の先にあったもの
思考は現実化するというが、思考だけでは叶わないという現実も勉強した。
音声で勉強した。即ち、行動しないと何も始まらない。
現実離れした行動をしないと、現実は変わらないことを勉強した。
常識を疑うということ
当たり前を疑い、常識から外れたことをしない限り、ライバルが多い社会の歯車になるだけだ。
組織で働くとは、ライバルと一緒に仕事ができるかということでもあり、ハードルが上がる。
大学卒がいるような会社で、高卒で職人工場が長く、人材育成や改善リーダーをして褒められたこともある僕でさえ、障害や特性を隠せなくなり、今や「生きづらさを選んでいる」と言われたら何も言えない。
即ち、行動しろ!ってことだ。
「決意して努力しろ」の半分の真実
ある人は言った、決意して努力しろと。
でもそれは半分は当たってて、半分は間違っている。
決意して努力をすることは正しい。
でも、その前に前提を疑うことが正しい行動だろう。
常識を疑い続けて、当然の行動をしているうちは、僕の目標は叶わないだろう。
例えば、お金持ちになりたいと思うなら、お金持ちと会って話しをして、できるならば毎日会うくらいに仲良くなる。
または経営者ならば働かせてもらうなど、色んな視点でお金持ちと共にすることが大事だろうと思う。
男らしさというバイアス、そして恐怖心
そこで、僕はこんなバイアスが入ってくる。
「男ならば、男らしく文句を言わずして行動に移せ!」と言われそうだ。
その覚悟もないなら、お金持ちにはなれないと思うというバイアスが掛かるんじゃないかという恐怖心や不安が先に襲ってくる。
これが脳内で自動思考が働き、結局、現状維持をしてしまう。
今日もまた「だから、ダメなんだ」
さて、今日も僕は現状維持をしてしまったんじゃないかと毎日、思う。
そして、こう自動思考が働く。
「だから、ダメなんだ」と。
※この日記の内容には、筆者自身の体験と感情が強く反映されています。記述されている出来事や意見は、あくまで個人的な視点に基づくものであり、特定の団体・人物・制度を一方的に批判する意図はありません。読まれる方によっては、不快に感じる表現が含まれる可能性もありますが、率直な記録として受け取っていただけますと幸いです。
