私の「質」や「量」は大したことはありません。
しかし、私は常に自分自身に問いかけ続けています。
他者との対話の中で、「私とあなたは違う。なぜ考え方が正反対なのですか?」と問われることがよくあります。
私はその問いに対し、まるでマニュアルのようにこう答えるようにしています。
「人と違うことを自分自身が善としているからです」
「人と違うことを面白がることです」
私には、人と違うことの何が悪いのか、全く理解できないからです。
日本社会における同調圧力
日本人の多くは、みんなと一緒でなければいじめられたり、偏見を持たれたりすると考えがちです。もちろん、全ての人に当てはまるわけではないと理解した上で、それでも「自分は自分」と割り切る力が弱いように感じます。
その原因の一つが、SNSやネットのデマ情報ではないでしょうか。それによって他者と比較して嫌な気持ちになり、私に先のような問いを投げかける人がいるのだと感じます。
「自分」という自我の確立
社会の潮流に流されるままに生きるしかない人もいます。そのような方は、他者と比較する以前に、自分という自我について深く考えたことがないのかもしれません。
他者と比べる前に、自分と自分を比べる習慣を身につけるべきです。それでも苦しくなるのが、「苦行」という名の自省であり、自己分析であると感じます。
思考と行動、そして長期的な幸福
そのような自分をどのようにコントロールするかが、実は一番重要なのだと考えます。
要するに、深く思考した人が長期視点での勝者になると私は信じています。勝つことにこだわり、ずるをしてでも勝とうとする人は、短期的な幸福を求めているのです。
私は、長期的な幸福にこだわることこそが重要であると提唱したいのです。
行動する人への尊敬
社会やSNS上で他者から叩かれている人には、行動している人という共通点があります。行動している人は、叩かれる覚悟があり、それを受け入れている人だと私は思います。そして、そのような人たちは私の憧れの存在です。
叩かれることが良いことだと言っているのではありません。しかし、叩かれるほどの行動を起こせる人がいるというだけで、自分と比較した時に「少し違う」という違和感を覚え、「自分にはできない」という概念を教えてくれる人物であることは間違いありません。
