また「やってしまった」夜
お酒に振り回された、ある金曜の夜だった。
最近、お酒との付き合い方に悩まされている。
ズボラと言えばそれまでだが、名前も知らない赤の他人に奢ってしまうという始末だ。
お酒の力は、自分が思っている以上に強い。
お金が潤沢にあるわけではないのに、気づけば財布の紐が緩んでいる。
そんな自分に、正直「大変な状態だな」と思う。
知らない人と歩いた帰り道
2026年9月25日(金)の夜。
飲みの帰り道、たまたま帰る方向が同じだった女性と一緒になった。
「まだ飲みたい」という言葉が口をついて出て、気づけばコンビニで奢っている自分がいた。
コンビニ前での立ち話。
何故か彼女は好意的な様子だったが、ある一言をきっかけに態度が変わり、彼女自身もそのことを自己嫌悪しているようだった。
そうこうしているうちに、お互いに自宅の場所を知ってしまうことになった。
夜も遅かったこともあり、女性を一人で歩かせるわけにもいかず、近くまで一緒に歩いて見送った。
楽しいのは「何」に対してなのか
名前も知らない人と出会えることは、素直に嬉しい。
でも、その「嬉しさ」は、人との出会いそのものに対してなのか、それともお酒の勢いで生まれる高揚感に対してなのか。
自分でもよく分からなくなる時がある。
正直、明確な解決策は今のところない。「自分が損をしている」というのは分かっている。
それでも、「楽しいこと」と「お酒が飲めること」が、いつも理性より先に優先されてしまう。
この矛盾こそが、今の自分の課題なのだと思う。
「未解決」のまま記録すること
この日記に美しい教訓や綺麗な結論はない。
ただ、39歳になった今も、自分の弱さと向き合いながら記録を続けている。
そのプロセス自体が、この日記の意味なのかもしれない。
※この日記の内容には、筆者自身の体験と感情が強く反映されています。記述されている出来事や意見は、あくまで個人的な視点に基づくものであり、特定の団体・人物・制度を一方的に批判する意図はありません。読まれる方によっては、不快に感じる表現が含まれる可能性もありますが、率直な記録として受け取っていただけますと幸いです。
