心と身体がバラバラになる日々
どうしても最近、気持ちが落ち着かない。
朝起きるたびに「今日は行けない」と身体が信号を出す。わかってはいる。これ以上無断欠勤を重ねるのはまずいと。
でも、頭で分かっていても、身体が動かない。
仕事を休み続けて、気づけば職場から離れてもう7日目。
悪い意味でのドーパミンが身体を支配するようで、ただただツラい。
心と身体がまったく一致していない状態だ。
鬱の入口で立ち止まる
この感覚は、もしかしたら誰にでも起こり得るものなのかもしれない。
「明日は我が身」と言われても、実際に自分の身に起きるまでは分からなかった。
言葉にできないくらいの辛さ。
でも、こうして言葉にしている時点で、ほんの少しだけ“まだマシ”な状態なのかもしれないとも思う。
生きづらさという感情の波
“生きづらい”という言葉が、心の中を支配している。
何をどうしても、現実は重く、ツラい。
「ツラい」と思うだけで、死と生を行ったり来たりするような感覚になる。無気力。それが一番危ない。
誰にも救えないからこそ、書く
誰も救ってはくれない。だからこそ、ツラい。
それでも、生きていたいと思う瞬間がほんの少しでもある限り、こうして言葉を綴っている。
死んでしまえば楽かもしれない。でも、それは“終わり”でしかない。
「終わりにしたくない」と思っているから、書いている。
これが遺言にならないようにと願いながら。
絶望の中にある一つの希望
考えても答えは出ない。
それでも、「行く」と決めたら人は行けるのかもしれない。
絶望の中で、それでも信じていたい。
誰かの「YES」が欲しい。
それがなければ前に進めないけれど、それでも諦めたくない。
終わりの見えない旅が続くとしても、そこにまだ光があることを信じていたい。
今を生きる、ということ
僕は今も、苦しさの中で“生きている”。
言葉にすることで、自分を保っている。
そして、同じように苦しんでいる誰かに届けばと思いながら、今日もこの気持ちを書き続けている。
