「無理をしないと生きられない病」を抱えて、それでも僕は声を上げる

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無理をすることが「生き方」になってしまった

「無理するなよ」
誰かにそう言われるたび、僕の中で何かが反発する。

なぜなら、無理をしないと僕は社会に立っていられないからだ。
これはもう、僕の“性格”ではなく、“病気”に近い。
そう思うようになった。

福祉の現場にある「静かな差別」

僕は障がい者であり、今はA型事業所で働いている。

支援の現場でよく見るのは、
当事者に寄り添っているようで、どこか見下すような目線
それは支援員だけでなく、仕組みを作る側。
政治や経営層にも通じている。

事件が起きないと動かない社会。
現場の声より、マニュアルと報告書が優先される職場。

何かが間違っていると、毎日思う。

職人時代と福祉の落差に、頭が壊れそうになる

10年以上、僕は製造業の現場で働いていた。
そこでは、改善効率化が命だった。
QC活動を通じて、チームで無駄を省き、成果を出す文化があった。

でも今の福祉業界には、それがない。
同じミスが繰り返され、指摘しても変わらない。
見て見ぬふり、誰かのせい。

その無関心が、利用者の体調や心を傷つけている。

「育成を放棄した組織」に未来はない

現場はいつも人手不足。
新人は研修もなく、いきなり利用者対応を任される。
支援という名の「放置」が行われている。

働き方改革で休暇は増えた。
でも、育てる余裕が消えた
それは最終的に支援される人たちを苦しめている現実に向き合うべきだ。

日本に必要なのは「給料アップ」じゃない

声を大にして言いたい。
賃上げよりも、まず「働く環境」を整えるべきだ。

心と身体を壊さずに働ける環境があって初めて、
人は育ち、会社は利益を出し、結果として給料も上がる。

無理をしなくても、役に立てる。
そう思える社会に誰もが「生きていていい」と思えるようになるはずだ。

それでも、僕は「無理をしない」勇気を持つ

僕はこの病気と向き合いながら、無理をしない勇気を選びたい。
それが支援を受ける側や支援する側であれ、人間らしく生きる第一歩だから。

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