支援という名の迷路で、僕たちは迷い続けるのか?

※当サイトは、アフィリエイト広告を利用しています

「ここじゃない」と思い続けて、気づけば3年。
就労継続支援A型という道を歩きながら、僕は“支援”の本質を見つめ直すことになった。

スポンサーリンク

期待と失望の繰り返し

最初の事業所では、朝の挨拶すら心に刺さるほど他人行儀だった。
今の事業所は2社目だ。だけど、また感じてしまう。
ここも、自分には合っていないのかもしれない、と。

僕はこれまで、10年以上、民間企業で正社員として働いてきた。
だからこそ、今の支援はあまりにも無自覚であまりにも無責任に映る。

誰かの人生を支えるはずの場所で、
「流されるように」業務が進み、「沈黙」が日常になっている。
それが現実だった。

「支援」の正体を問う

本来、支援員やサービス管理責任者たちは、利用者の未来を共に描く立場だ。
だが実際には、疲れ切った顔で事務作業に追われ、上層部の顔色をうかがう日々。
「合う人」には優しく、「合わない人」には無関心、あるいは静かに排除される。

それは制度の問題なのか?それとも人の問題なのか?
答えを知りたくて、僕は調べ、働き、観察してきた。

  • 助成金の構造

  • 支援員の離職率

  • 制度の目的と実態のズレ

どれもが、制度疲労のサインだった。

僕が学んだ、ひとつの答え

それでも、すべてを否定したいわけじゃない。
「ここではない、どこか」ではなく、
「自分が納得できる働き方」を見つけること。

それが今の僕にとっての、唯一の救いであり、前進の道だ。

アルバイトでも、短期でもいい。転々としてもかまわない。
それでも、「自分の尊厳を保てる場所」で働くほうが、
ずっと価値がある。

僕たちが選び直せる未来のために

この制度を、誰のためのものにするのか?
「弱さ」や「障害」が、その人らしさとして生きる社会にするために、
声を上げ続けたい。

そして今、支援に違和感を覚えているあなたへ。
あなたのその直感は、きっと間違っていない。

タイトルとURLをコピーしました